推しはないけれど、「まあまあ好き/けっこう好き」はある

推しはないけれど、「まあまあ好き/けっこう好き」はある

自分の周りには何かしらの“推し”がある人が少なからずいます。
つい最近も、友人がとある相撲力士にハマっていることを知り、
推しがあるっていいな、きっと毎日が楽しいんだろうな、と
ちょっとだけ羨ましく思ったばかりです。

話は変わり、数日前に理科年表を買いました。
かつてはコンスタントに毎年買っていたのですが
ここ数年はどういうわけか毎年買う本ではなくなってしまいました。
しかし、何かのきっかけで
「また手元に置いて、いつでも読みたいな」と思ったのです。

理科年表は大好きな本です。
ページをパラパラめくり、気になったところを
じっくり眺めたり読んだりするのですが
自分にとっては小説を読むよりも、映画を観るよりも
よほど心が“ざわざわ”します。
それはとてもポジティブなざわざわなのですが。

つまり好きってことなんです、理科年表が。
読む必然があるから読むわけでもなく、純粋にその世界(理科年表の世界)に
浸ることが幸せなんです。

そう考えてみると、理科年表くらいに好きなものは他にもあるので、
きっと私には推しはないけれど「まあまあ好き/けっこう好き」はいくつか
あるんだなって確認でき、なんだか嬉しくなりました。

とはいえ、忘れてしまうんですよね。やるべきことの多さに翻弄されて
自分の「好き」がついつい疎かになってしまうんですよ。
実際に理科年表が好きなこともしばらく忘れていたのですから。

でも、それも言い訳。
自分の「好き」は忘れちゃいけないのです。
常に近くにいないといけないのです。
think gardenの活動をを再開するにあたり、自分の「好き」を、
毎日の中に、生き生きと復活させていこうと思いました。