6月最後の週末に、じわじわ進めている
個人的なプロジェクトのロケハンも兼ねて
10代からの友人Nちゃんと上諏訪へ行ってきました。
目的は居住者目線で街を知ること。
街やそこに住む人の雰囲気を肌で感じ
気候風土を確かめ、要するに身体で
諏訪を理解したかったのです。
と言っても、無作為に街歩きをしたわけではなく
7年前に諏訪に移住したというNちゃんの妹さんの
ご当地情報を頼りに、普段使いのセンスの良いお店や
見るべきスポットを巡るなど抑えるところはしっかりと抑え、
その上で体力の許す限り自分たちで歩き回りました。
Nちゃんとは海外も含めこれまでに
何回か一緒に旅行に行っていますが、
二人とも東京で生まれ育っているので
どこかの都市あるいは街に行くと
どうしても東京との比較で見てしまいます。そして、
「つくづく東京って特殊な環境だよね」って
毎回確認してしまうのです。
だから諏訪がどうこう以前に、今回もまた諏訪を通じて、
結局は東京を見てしまうという……東京の呪縛ですね(笑)

さて、諏訪の話を少し。
諏訪ではNちゃんの妹さんオススメの
古本屋にも行ったのですが、そこで
思いがけない本との出会いがありました。
渡辺一夫氏の「敗戦日記」です。
フランス文学者である渡辺一夫氏の文章に
初めて触れたのは私が高校生の時。
「人間模索」という本の中に収められている
『狂気について』というエッセーだったのですが
渡辺氏の人間に対する深い洞察と、人間の営み・欲望に
対して警鐘を鳴らしながらも結局は人間そのものを
信じているという揺るぎない信念には心を打たれました。
ユマニスト(英語で言うヒューマニスト)として知られる
渡辺氏の思想は、以来私の倫理基盤となったと言っても
過言ではないくらいです。
渡辺氏の著書は膨大にあるので、
おそらく半分も読んだことがないのですが、
この「敗戦日記」は恥ずかしながら存在すら知らなかった本です。
でも、そうか、そうれもそうだな、戦争を経験している
知識人として、やはり書いていたのですね。
今はまだ読んでいる途中の本があるので、
「敗戦日記」を読み始めるのは数日後になりそうですが、
待ちきれずにパラパラと拾い読みしています(笑)
たまたま開いたページで興味深かったのは、
終戦の1ヶ月前、1945年7月に亡くなった
ポール・ヴァレリー氏の訃報の新聞記事が
あまりにもあっさりしていたのを嘆いていたことです。
「そっけない、馬鹿馬鹿しい記事!しかし日本がこの西欧の
卓越せる思想家を悼むには、こんなやりかたしかないのだ。」
というのは彼の心の叫びだったのでしょう。
その気持ち、わかりますとも!
ところで私のオフィスは日本橋馬喰町にあり
古本屋の聖地、神田神保町にも程近いのですが
行かないんですよね……どういうわけか。
今回のような出会いは、きっと東京でも
起こり得るのですが、東京にいると仕事も含めて
毎日を構成する要素が多すぎるのでしょうか。
でも、時間とチャンスは自分で生み出すもの。
今日の帰りにでも古本屋に行ってみようかな。

